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アスベストに関する和解制度は、リーディングケースである泉南アスベスト国家賠償請求訴訟の最高裁判決がベースとなっています。
また、屋外型の建設アスベスト訴訟も全国で展開されており、最近最高裁で賠償責任が確定する例が出てきました。
この記事では、泉南アスベスト国家賠償請求訴訟・建設アスベスト訴訟における、それぞれの裁判例の概要・主な論点・結論などを解説します。これからアスベスト訴訟を提起しようと考えている方は、ご参考にしてください。
アスベスト訴訟としてもっとも有名かつ、現在の和解制度の基礎となったのが「泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」の最高裁判決です。
まずは、泉南アスベスト国家賠償請求訴訟の概要について解説します。
泉南のアスベスト工場では、工場労働者が長期にわたってアスベストに曝露された結果、肺組織に沈殿したアスベストによって肺がん・肝硬変その他の重篤な疾患が発生していました。
これらの工場労働者が、国の規制権限不行使を理由として国家賠償を求めて集団提訴したのが「泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」です。
泉南アスベスト国家賠償請求訴訟は、第一陣訴訟と第二陣訴訟の二段階に分けて行われました。第一陣訴訟の控訴審である大阪高裁平成23年8月25日判決では、国の責任が否定されました。
その一方で、第二陣訴訟の控訴審である大阪高裁平成25年12月25日判決では、国の責任が認められました。このように泉南アスベスト国家賠償請求訴訟では、第一陣訴訟・第二陣訴訟で結論が異なったため、最高裁判決によって判断を統一する必要性に迫られたのです。
2つの高裁判決を受けて言い渡された最高裁平成26年10月9日判決では、次の項目で解説する論理によって、国の国家賠償責任が肯定されました。
その後、同様のアスベスト被害者が多数に上ると予想されることを受けて、泉南アスベスト国家賠償請求訴訟の最高裁判決をベースとした和解制度が創設されました。
最高裁は、どのような論理によって国の国家賠償責任を肯定したのでしょうか。最高裁の判示に沿って、詳しい論理を分析してみましょう。
最高裁は、国家賠償責任の肯否を判断する前提として、国(当時の労働大臣)の規制権限は「できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使されるべきものである」と判示しました。
この判示は、旧労働基準法・労働安全衛生法の目的・規定の趣旨を根拠としています。
また最高裁は、「いつの時点で国が規制権限を行使することができたか」という点について、以下の理由から「昭和33年」であると判示しました。
・昭和33年頃には、アスベスト工場の労働者の石綿肺罹患の実情が相当深刻なものであることが明らかになっていた
・同じ時期に、石綿工場を含む一般の作業場において、局所排気装置を設置し得るだけの技術的基盤が形成されていた
・昭和33年当時に存在した粉じん濃度の測定技術および評価指標により、局所排気装置の性能要件を定めることも可能であった
さらに最高裁は、「国は石綿工場に対してどのような規制を及ぼすべきであったか」という点について、以下のとおり判示しました。
「石綿肺の医学的知見が確立した昭和33年3月31日頃以降、石綿工場に局所排気装置を設置することの義務付けが可能となった段階で、できる限り速やかに、旧労基法に基づく省令制定権限を適切に行使し、罰則をもって上記の義務付けを行って局所排気装置の普及を図るべきであった」
そのうえで、局所排気装置の設置を罰則をもって義務付けなかったことが、違法な規制権限の不行使として国家賠償法上違法であると認定しました。
アスベスト工場内だけでなく、屋外の建設現場においてアスベストに曝露された現場労働者からも、全国各地でアスベスト訴訟が提起されています(「建設アスベスト訴訟」)。
以下では、現在でも多数が裁判所に係属している、建設アスベスト訴訟の動向について概観します。
建設アスベスト訴訟の原告は、屋外において建築物の新築・改修・解体作業などに従事した作業員やその遺族です。これらの作業員はアスベスト工場の工場労働者と同様に、作業の際に建材から発生したアスベストの粉じんを吸引したことによって健康被害を生じたとして、国と建材メーカーの共同不法行為責任(民法719条)を追及しています。
建築アスベスト訴訟については、最近でも全国で続々と判決が出ており、今後の展開が引き続き注目されています(東京高裁平成30年8月31日判決、大阪高裁平成30年8月31日判決、大阪高裁平成30年9月20日判決など)。
建築アスベスト訴訟においては、おおむね共通して以下の争点が問題になっています。
①国による規制権限の行使や、企業による対策の実施がいつの時点で行われるべきだったか
どの裁判例でも、石綿肺については昭和33年頃、肺がん・中皮腫・びまん性胸膜肥厚については昭和47、48年頃に規制・対策が実施されるべきであったとの見解が示されています。
②国の規制権限不行使が違法かどうか
多くの裁判例では、粉じんマスクの使用や、アスベストに関する警告表示などを義務付けなかったことを国家賠償法上違法と認定しています。
③一人親方は保護の対象になるか
いわゆる「一人親方」とは、雇用ではなく請負によって工場労働に従事する個人事業主をいいます。
法律上の「労働者」ではない一人親方は、労働安全衛生法の適用を受けないため、国の規制権限不行使によって損害を受けないのではないかという論点がある。
しかし多くの裁判例では一人親方も保護の対象になると判示しています。
④企業側の責任を問うことができるか
工場で用いられる建材は、複数の建材メーカーから提供されています。
そのため、どの建材が健康被害の原因となったかを特定することができず、企業側の責任は否定されるのが原則です。
しかし、民法719条1項後段(共同不法行為)の類推適用によって、被害者を保護する裁判例が登場しています(京都地裁平成28年1月29日判決など)。
建築アスベスト訴訟では、最高裁で国・企業の賠償責任が確定するケースが、最近になって登場しています。
(参考:「建設アスベスト被害、メーカーの責任も確定 最高裁」(東京新聞、2021年1月29日))
全国で提起されている建築アスベスト訴訟についても、今後多くのケースで国・企業の損害賠償が肯定されるケースが続々と登場すると考えられ、今後の動向が引き続き注目されます。
アスベスト訴訟は、企業単独に対する損害賠償請求や、労災保険給付不支給決定に対する取消訴訟の形でも全国で争われています。
その例として、近年の判例を3つ紹介します。
本件は、アスベスト工場でアスベスト製品の製造作業などに従事していた2名の労働者が、勤務先の会社に対して損害賠償を求めた事案です。
岐阜地裁は、国家賠償請求訴訟の各事案と同様に、遅くとも昭和33年の時点では石綿肺およびその予防に関する知見が確立していたことを指摘しました。
そのうえで、被告会社が講じていた石綿粉じんの発生・飛散防止の対策が不十分であったとして安全配慮義務違反を認定し、原告それぞれに対して各2200万円の損害賠償を命じました。
本件の原告は、昭和30年から昭和60年までの間、航空機エンジン部品の溶接作業などに従事していた労働者の遺族です。
溶接作業を行うに当たり断熱材・保湿剤の中に使用されていたアスベストに長期間晒された後、被災労働者は平成17年に原発性肺がんと診断され、平成18年に死亡しました。
労働基準監督署長は労災認定にあたって、被災労働者の肺がんが業務上のアスベスト曝露に起因するものとは認めず、申請を棄却しました。
これに対して東京地裁は、
を指摘し、肺がんの業務起因性を認めなかった労災保険給付の不支給処分を違法と判示しました。
本件の原告は、昭和39年からホテルでボイラー担当の設備係として就労していた労働者の遺族です。
労働者は、平成13年になって体調が悪化して入院し、同年中にホテルでの就労により悪性胸膜中皮腫に罹患したことを理由として労災認定を受けました。その後の平成14年に労働者が死亡したため、労働者の遺族がホテルの運営会社に対して損害賠償請求を行いました。
原審の札幌地裁は、
「規制権限を有する国が何らの対策も講じていない中、民間企業が国の対策をも上回る対策を先んじてとらなければならない根拠はない」として、被告会社の責任を否定しました。
これに対して札幌高裁は、すでに労働安全衛生法などによって規制がなされ、その対象に被告会社も含まれていたことを指摘しました。
そのうえで、被告会社の安全配慮義務違反を認定し、原告に対して約3300万円の損害賠償を命じました。
全国各地のアスベスト訴訟では、被災労働者の方が救済を得るために非常に長い年月を費やしており、長期間にわたって大きな社会問題であり続けています。
最近ではアスベスト訴訟に関する裁判例も集積されていますので、以前よりもさらに方針を明確化したうえで、アスベスト訴訟に臨むことができるようになっています。
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