リファレンスチェックとは、面接などからだけではわからない候補者の働きぶりなどについて、前職・現職の職場に対するヒアリングを行う調査手法です。
企業が中途採用候補者について内定を出した後、リファレンスチェックを行った結果、候補者について問題が発覚するケースがあります。
この場合、企業としては内定取り消しを検討したいところでしょう。
しかし、合理的な理由のない内定取り消しは違法であり、候補者側から損害賠償などを請求される可能性があります。
この記事では、リファレンスチェックの結果を踏まえて内定取り消しを行うことが認められるかどうかについて、法的な観点から解説します。
この記事に記載の情報は2023年11月08日時点のものです
リファレンスチェックの結果を理由とした内定取り消しは適法?違法?
リファレンスチェックの結果を理由として内定取り消しを行う場合、その適法性については慎重な検討を必要とします。
どういった場合に内定取り消しが認められるのかについて、具体例を交えながら解説します。
合理的な理由のない内定取り消しは「解雇権の濫用」に当たり違法
大日本印刷事件の判例に従えば、内定の時点で労働契約が成立しているので、内定取り消しには解雇権濫用の法理(労働契約法16条)が適用されます。
(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
引用元:労働契約法16条
したがって、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない内定取り消しは違法・無効です。
どのような事情があれば内定取り消しが認められる?
内定取り消しの可否についての基準は、大日本印刷事件判決において示された以下の部分が参考になります。
「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。」
上記の判示を参考にすると、リファレンスチェックの結果を理由とした内定取り消しが認められる可能性が高い事情・認められない可能性が高い事情の例としては、それぞれ以下のようなものが考えられるでしょう。
内定取り消しが認められる可能性が高い事情の例
- 経歴詐称
- 自己アピールがあまりにも過剰だったことがわかった場合
- 前職で重大な懲戒処分を受けていたことがわかった場合
内定取り消しが認められない可能性が高い事情の例
- 単に前職を解雇されているという理由だけで内定を取り消す場合
- 人柄が面接の印象と少々違った程度の理由で内定を取り消す場合
- 前職の同僚による仕事ぶりについての主観的な評価だけに基づいて内定を取り消す場合
リファレンスチェックで発覚する可能性のある4つの問題
リファレンスチェックを実施すると、候補者についてさまざまな問題が発覚する可能性があります。発覚する可能性のある問題の具体例としては、以下のようなものが挙げられます。
候補者が嘘をついていたこと
そもそも前職と説明していた企業に在籍していた経験がないなど、経歴詐称が発覚するケースがあります。
仮にそこまではいかなかったとしても、業務経験を大げさに言う、経験のない業務を「経験したことがある」と言うなどはよくあるケースです。
このような候補者の見栄を張った嘘は、リファレンスチェックを行うことによって簡単に発覚します。
面接での印象とは異なる人柄であること
中途採用の面接では、候補者側が面接用のキャラクターを取り繕っているケースもよくあります。
たとえば面接ではポジティブな印象を受けたのに、実際に一緒に働いた人には非常にネガティブ・消極的な人だという印象を持たれているなどの例が考えられるでしょう。
こうした面接の印象と実態のギャップについては、リファレンスチェックで実際に候補者と働いたことのある人から話を聞くことで、ある程度埋めることができます。
仕事に対する周囲からの評価が低いこと
学歴や経歴などから、企業が候補者に対して高い評価をしていたものの、実際に一緒に働いた人からの評価が非常に低いというケースがたまに見受けられます。
中途採用のプロセスでは、候補者が実際に働いている場面を観察する機会は基本的にありません。そのため、キャリアと能力の間のミスマッチがあっても、企業側がそれに気づくことは難しいでしょう。
リファレンスチェックを実施すれば、候補者の職場における実態を把握できるため、企業にとってはミスマッチに気づきやすくなるメリットがあります。
前の職場で問題を起こしていたこと
候補者が前職で問題を起こして退職していたとしても、中途採用の応募書類や面接などからは、企業側がその事実を窺い知ることができないことが多い実情があります。
たとえば候補者が、
- 時間を守らない
- 納期を守らない
- 無断欠勤
- コミュニケーションに問題あり
- 上司の指示に従わない
- 懲戒解雇になっている
などの事情を抱えている場合、中途採用後も自社で同じような問題を起こす懸念が払拭しきれません。
リファレンスチェックを行うと、こうした事情についても前職の同僚などから聞き取れる可能性があります。
そもそも「内定」の法的な意味合いとは
リファレンスチェックを実施するまえに候補者に内定を出してしまうと、リファレンスチェックの結果が芳しくないとしても、安易に内定取り消しをすると違法無効になってしまうおそれがあります。
この点について解説する前提として、そもそも「内定」とは法的にどのような意味を持っているのかについて見ていきましょう。
「内定」とは
「内定」は、法的には「始期付解約権留保付労働契約」と位置付けられています。
つまり、企業側が一定の事由に基づく解約権を留保してはいるものの、内定が出された時点で労働契約が成立していると評価されているのです。
したがって、内定取り消しを行う際には、解雇に関する法律上のルールが適用されます。
なお中途採用の場合、会社からのオファーが出され、それを候補者が承諾した時点で「内定」と判断されるのが通常です。
内定についての重要判例|大日本印刷事件
内定に関する重要な判例として、大日本印刷事件判決(最判昭和54年7月20日)があります。
(参考:最判昭和54年7月20日(裁判所HP))
大日本印刷事件は、新卒として企業から内定を受けていた学生が、4月からの新卒入社を控えた2月後半の段階で内定取り消しを受けた事案です。
学生は内定を受諾するにあたり、他の企業に対する就職活動をすべて取りやめていたので、2月後半の段階での内定取り消しはまさに寝耳に水の出来事であったといえます。
大日本印刷事件において、学生が内定を取り消された理由は「グルーミーな印象である」というものでした。
このような学生に対する企業の内定取り消しについて、判決において下された判断の要旨は以下のとおりです。
内定の時点で雇用契約が成立する
いったん特定の企業との間に採用内定の関係に入った者は、他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例です。
このことを理由として、採用内定者の地位は試用期間中の労働者と同じであるとし、内定の時点で始期付解約権留保付労働契約が成立すると判示しました。
内定取り消しが認められる事由について
企業が採用内定を出す場合、その段階までに判明した候補者に関する情報を吟味した上で、内定の可否を判断することになります。
よって、内定の時点でわかっていた事情を理由として、内定を取り消すことは不合理といえます。
この点を踏まえて判決では、内定取り消しが認められる場合について以下のように判示しました。
「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。」
大日本印刷事件の判決では、候補者が「グルーミーな印象である」ことは当初からわかっており、企業としてはその段階で調査を尽くせば従業員としての適格性の有無を判断できたと指摘されました。
そして、内定取り消しを解雇権(解約権)の濫用として違法無効であると判示したのです。
①の点については
大日本印刷事件は新卒に関する事案であるものの、他の企業への就職の機会・可能性を放棄していることは中途採用でも同様です。
②の点について
内定可否を判断するにあたって候補者の情報を十分吟味すべきであることは、新卒採用でも中途採用でも変わりません。
そのため、中途採用の内定取り消しに関しても、大日本印刷事件で示された基準が適用可能であると考えられます。
【企業向け】リファレンスチェック後の採用拒否を適法に行うための対策
企業がリファレンスチェックの結果を受けて候補者を不採用とする場合、採用拒否を適法に行うためには、以下の各点に留意しておくべきでしょう。
内定を出す前にリファレンスチェックをする
解雇権濫用の法理との関係で、いったん内定を出してからでは、内定取り消しを行うための法的なハードルは高くなってしまいます。
そのため可能であれば、リファレンスチェックの結果が問題ないことを確認してから内定を出すように交渉・調整を行うことが望ましいでしょう。
リファレンスチェックの前に自社で十分調査を尽くす
リファレンスチェック前に内定を出さざるを得ない状況がある場合には、できる限り自社で候補者についての調査を尽くし、そのことを記録に残しておくべきです。
万が一内定取り消しが後から争われた際に、「内定時点で十分な調査を尽くしたが、候補者の問題を見抜くことは不可能だった」と説明できれば、内定取り消しが認められる可能性が高まります。
必要に応じて弁護士のリーガルチェックを受ける
内定取り消しは、法的には解雇に該当し、労使間で紛争を生じやすい非常にセンシティブな問題です。
労働者との間で揉め事の発生を防ぐためにも、実際に内定取り消しを行う際には、事前に弁護士のリーガルチェックを経ることをおすすめいたします。
【労働者向け】リファレンスチェック後に採用拒否された際の対処法
一度企業から中途採用の内定を受けたのに、その後のリファレンスチェックの結果を理由として内定取り消しを受けた場合、候補者(労働者)側としてはどのように対処すれば良いのでしょうか。
不当解雇に当たらないかどうか検討する
すでに何度も解説したように、内定の時点で法的には労働契約が成立しているため、内定取り消しは「解雇」に該当します。
リファレンスチェックの結果を理由として内定取り消しをされた場合、解雇の根拠が薄いケースも多いため、不当解雇に当たる可能性が高いでしょう。
なお、内定取り消し(解雇)の理由については、会社に対して証明書の発行を請求することが法的に認められています(労働基準法22条1項)。
(退職時等の証明)
第二十二条 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
引用元:労働基準法第22条
不当解雇を主張する際の会社への反論材料にもなりますので、内定取り消しを言い渡された時点で速やかに解雇理由証明書の発行を請求しましょう。
弁護士に相談する
内定取り消しが不当解雇に該当する場合、内定取り消しの無効や、損害賠償を請求できる可能性があります。
会社と対等に交渉するのは非常にたいへんですので、法律の専門家である弁護士に相談することがおすすめです。弁護士同席で交渉を行うことで、会社に対してきちんと法的な主張を行うことが可能になります。
また、話し合いがまとまらずに労働審判や訴訟に発展した場合でも、弁護士に依頼をしておけばスムーズに対応することが可能です。
リファレンスチェック後の内定取り消しにお悩みの方は、ぜひ一度弁護士にご相談ください。
結論|よほどの事情がなければリファレンスチェック後の内定取消は無効
企業が中途採用候補者に対して内定を出した時点で、法的には雇用契約が成立していると解されます。
したがって、内定取り消しには解雇権濫用の法理が適用され、客観的・合理的な理由のない内定取り消しは違法・無効となってしまいます。
リファレンスチェックの結果を理由とする内定取り消しが認められるかどうかについては、具体的な事情にもよりますが、企業側にとっての内定取り消しのハードルは非常に高いといえるでしょう。
もし企業がリファレンスチェックの結果を理由とした内定取り消しをしたい場合には、事前に弁護士のチェックを経ることをおすすめいたします。
また、候補者(労働者)側で内定取り消しを受けてしまった場合には、不当解雇の可能性もあるため、お早めに弁護士にご相談ください。